渋沢先生の設立された500余の企業の大半は、大企業となって、今も存続しています。

第一勧銀グループも旧古河財閥も、東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績、大日本製糖、明治製糖….まだまだ、たくさんあります。明治期の日本を支えた生糸業も綿糸業も渋沢先生の尽力で産業化されたものです。

私の大好きなサッポロビールも、ちょくちょくお世話になっている秩父鉄道も、鉄オタ垂涎の京阪電鉄も。

しかし、私利私欲を追及しなかった渋沢先生の名を冠した企業は、澁澤倉庫だけ。現在では、売上高500億円の大きくはない企業ですが、東証一部に上場されています。絶対に上場を維持していただきたいものです。

日産、サンヨー、シャープ、東芝と、一流企業が次々と疲弊していく今、渋沢先生の「道徳経済合一説」に基づいた企業の再構築が必要です。

我々日本人の「道徳」に依拠する企業経営は、長い目で見れば、必ずや日本企業の復活に繋がります。欧米式の半ば「詐欺」ビジネスのような紛い物を、小泉竹中以降、取り入れてしまったことが日本衰退の根本原因です。「道徳」を失ったことが、日本企業の弱体化を呼び込んだのです。

社員を大事にしない。サービス残業を押し付ける。業績が悪くなったら、すぐさま人員整理。採算の良い稼ぎ頭部門を切り売りして損失補填。残ったのはカス。内部留保ばかり増やして「死に金」を量産する。社員に還元することなど全く考えない。いくらため込んでも使わなければ、経済を刺激しない。タックヘイブンに巨額の利益を隠す。経営トップばかりが億単位の報酬を手にする。これでは、社員のやる気も能力も掘り起こせません。ブラック企業花盛りの今、原点に立ち返らないと。

1%オリガーキが失権した今こそ、渋沢翁の理想追及を再現し、我が国を高潔無比な産業大国に返り咲かせましょう。

渋沢先生は、江戸末期、天保11年に現在の埼玉県深谷市血洗島に生まれ、昭和6年に亡くなられました。墓所は、谷中霊園にあります。


パディントン

渋沢栄一先生ゆかりの「誠之堂」と「清風亭」は、世田谷区からお生まれの埼玉県深谷市に移築されたのですね。
http://www.city.fukaya.saitama.jp/kanko/kanko/seisido_seifutei/1391497434025.html

日本資本主義の父であり、第一国立銀行や東京証券取引所等、理化学研究所の創設者でもありますね。東京慈恵会、日本赤十字社、癩予防協会の設立などに携わり財団法人聖路加国際病院初代理事長、財団法人滝乃川学園初代理事長、YMCA環太平洋連絡会議の日本側議長などもしています。

日米の戦争を防止する為に、アメリカの人形(青い目の人形)と日本人形(市松人形)を交換するなどして、交流を深めることにも尽力されています。

富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。「道徳経済合一説」という理念を打ち出されています。利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元することを説くと同時に自身にも心がけられました。偉大な人物です。

道徳と離れた欺瞞、不道徳、権謀術数的な商才は、真の商才ではないと語られています。国際金融資本家とは、全く違う理念であり、彼こそが真の実業家なのでしょう。

ユダ金等は、彼から見ればゴミや犯罪者に等しい存在でしょう。不正の富と罪をうず高く積み上げて、恥を知らない魑魅魍魎、餓鬼、害虫、害獣にしか見えないでしょうね。

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