李晋殿下は、「大韓帝国最後の皇太子」のご長男。1歳になるを待たずに早世された。

最後の皇太子、李垠殿下は、大韓帝国初代皇帝、高宗の第7男子。梨本宮家の皇女、方子様と結婚。「李王」となる。韓国ソウルの昌徳宮で、1970年、72歳で死去。

何故、最後の皇太子なのか?大韓帝国が日韓併合で「帝国」ではなくなり、天皇の臣下である「王」に格下げになったから。だから「李王」。

李王の次男の李玖(日本生まれ)が王統を継いだが、73歳で赤坂プリンスホテルで死去。子供なし。朝鮮の王統、ここに断絶。

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赤坂プリンスのある場所が李王家の邸宅のあった場所。伊豆の伊東の駅の山側に「伊東公園」があるが、これが李家の別邸跡。(ほとんど痕跡なし。)

1.大韓帝国を解体されたこと、日本の臣下にされたことを韓国朝鮮の民は、未だに恨んでいる。

2.最後の皇太子に日本皇室の姫を押し付けられたことを、未だに恨んでいる。(方子女王は、韓国では高い評価を受け、韓国民に尊崇され愛されて1989年に亡くなった。)

3.李晋に暗殺説がある。日本がやったと思っている。

4.朝鮮の王統を日本の手で断絶されたと恨んでいる。

ま、ということで恨まれる理由もあるわけですが。

日本に巣喰う「朝鮮悪」の皆さんが、「反天皇」に走る理由、解かりましたか?


ハラ

晋太郎、晋三の晋は高杉晋作の晋ではなく、こちらの晋だったりして…。

●李晋

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%99%8B

李 晋(り しん、1921年8月18日 – 1922年5月11日[1])は、李垠の第一子。母は日本の皇族・方子女王。敬称は「殿下」。

生涯[編集]

1921年(大正10年)8月18日未明、李王世子垠と妃・方子女王の第一子として誕生。誕生に当たり、敬称に「殿下」を用いることが定められた。朝鮮の王族と日本の皇族との間に生まれたため、「日鮮融合」の象徴として注目された。同月24日に「晋」と命名された。

(以下略)

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